Andrew Huberman教授のポッドキャストに、内分泌学者でありカリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)の小児内分泌学教授であるロバート・ラスティグ博士がゲストとして登場しました。ラスティグ博士は、砂糖が脳や体に与える影響の専門家であり、「カロリーはカロリーではない」という広く信じられている概念に疑問を投げかけ、食品が私たちの健康にどのように影響するかについて深い洞察を提供してくれました。今回は、その核心となる議論をブログ形式でまとめ、日本の現状に照らし合わせて考察します。
参考:
「カロリーはカロリーではない」という神話の崩壊
私たちは長い間、「カロリー摂取量が消費量を上回れば体重が増え、下回れば体重が減る」という「カロリーはカロリー」という考え方を教えられてきました。しかし、ラスティグ博士はこれを明確に否定します。これは、食品業界が自らの責任を回避するために利用してきた理論だというのです。
では、なぜ「カロリーはカロリーではない」のでしょうか?
- 食物繊維の役割:例えば、160カロリー分のアーモンドを食べても、実際に吸収されるのは130カロリー程度です。残りの30カロリーは、アーモンドに含まれる食物繊維によって吸収が阻害され、腸の奥にいる「マイクロバイオーム(腸内細菌)」の栄養源となります。腸内細菌が食物繊維を摂取すると、抗炎症作用やアルツハイマー病予防効果のある短鎖脂肪酸を作り出すため、これは体にとって良いことなのです。
- タンパク質の熱産生効果:タンパク質の代謝には、炭水化物や脂肪よりも多くのエネルギーが必要です。例えば、1600カロリー分のポーターステーキを食べた場合、そのうち約25%は代謝プロセスで失われ、実質的な摂取カロリーは約750カロリーになる可能性があります。
- 脂肪の種類による影響:オメガ3脂肪酸とトランス脂肪酸は、どちらも1グラムあたり9カロリーですが、健康への影響は大きく異なります。オメガ3は心臓や脳の健康を保ち、炎症を抑えるのに対し、トランス脂肪酸は動脈や肝臓に蓄積し、インスリン抵抗性を含む慢性代謝性疾患を引き起こします。
そして、最も重要な違いは、グルコースとフルクトースという2種類の糖にあります。
フルクトースが体に与える深刻な影響
- グルコースとフルクトースの決定的な違い:
- グルコースは生命のエネルギー源であり、体内のすべての細胞が利用します。体はグルコースが不足すれば、アミノ酸や脂肪酸からグルコースを作り出すほど重要です。
- フルクトースは異なります。「脊椎動物の生命活動に、食事からのフルクトースを必要とする生化学反応は一切ない」とラスティグ博士は断言します。つまり、フルクトースは体にとって全く不要な分子なのです。しかし、私たちのフルクトース消費量は、過去1世紀で25倍にも増加しました。
- 食物繊維がフルクトースの悪影響を緩和する:果物、特にベリー類はフルクトースが少ない上、豊富な食物繊維を含みます。この食物繊維がフルクトースの吸収を遅らせ、腸内細菌の餌となることで、悪影響を和らげます。しかし、コーラなどの加工食品に含まれるフルクトースは食物繊維と結びついていないため、その悪影響を直接受けてしまうのです。
- ミトコンドリア機能の阻害:フルクトースは、ミトコンドリアの正常な機能に必要な3つの酵素を阻害します。これにより、ミトコンドリアの効率が低下し、代謝性疾患につながります。
- リーキーガットの誘発:フルクトースは腸のタイトジャンクションタンパク質を損傷し、腸壁を一時的に透過させます。これにより、腸内の「ゴミ」が血流に漏れ出し、「リーキーガット」を引き起こして全身性の炎症の原因となります。現在、アメリカ人の93%が炎症状態にあると言われており、これはリーキーガットが原因である可能性が高いと指摘されています。
- 依存性と報酬系の活性化:フルクトースは、コカインやヘロイン、ニコチン、アルコールと同じように、脳の報酬系(側坐核)を活性化し、ドーパミン受容体を減少させます。これは、人がフルクトースに依存するメカニズムであり、食品業界もこのことを利用しているとラスティグ博士は語ります。
食品業界の隠された戦略
食品業界は、自社の製品をより多く販売するために、意図的にフルクトースや砂糖を食品に添加しています。
- 「個人責任」という神話の利用:食品業界は、「個人の責任で選択するべきだ」と主張しますが、これはタバコ業界が喫煙者に責任を転嫁するために作った概念であり、人々は知識、手に入れやすさ、手頃な価格、そして他者に危害を加えないという4つの基準が満たされなければ、真の責任を果たすことはできません。現在の状況では、これらはいずれも満たされていません。
- パンの例:スーパーで売られているパンには、ほとんどの場合、砂糖が添加されています。これは、砂糖が水分を保持する性質(吸湿性)を持つため、パンを柔らかく保ち、腐敗を遅らせるためです。しかし、これにより「健康的な食品」と思われがちなパンまでが、代謝性疾患の原因となりうるのです。
- 隠された砂糖:食品業界は、262種類もの異なる名称で砂糖を隠しています。これにより、消費者は製品に含まれる砂糖の総量を把握するのが非常に困難になっています。
インスリンと肥満・代謝性疾患の真の関係
- インスリンはエネルギー貯蔵ホルモン:ラスティグ博士は、インスリンは血糖値を下げるためのホルモンであるだけでなく、余分なエネルギーを脂肪として貯蔵するホルモンであると強調します。血糖値が上がると膵臓からインスリンが分泌され、血中のグルコースを脂肪細胞に送り込み、貯蔵を促進します。
- レプチン抵抗性:高インスリン状態は、脂肪細胞から分泌され脳に「満腹」を伝えるホルモンであるレプチンのシグナルを阻害します。これにより、脳は「飢餓状態にある」と認識し、食欲が増進され、活動量が低下します。私たちが「暴飲暴食と怠惰」と考える行動は、実はこのインスリンによるレプチン抵抗性という生化学的現象の結果なのです。
- 人工甘味料の罠:ノンカロリーの人工甘味料であっても、甘味を感じることで脳から膵臓にシグナルが送られ、インスリンが分泌されます。カロリーがないにもかかわらず分泌されたインスリンは、食欲を増進させ、結果的に他の食事での摂取カロリーを増やし、体重増加につながることが研究で示されています。
GLP-1作動薬(Ozempicなど)の功罪
最近注目されているOzempic(オゼンピック)などのGLP-1作動薬は、体重減少に効果があることが示されています。
- 効果と副作用:これらの薬剤は胃の内容物の排出を遅らせ、満腹感を高めることで食欲を抑制します。しかし、同時に吐き気、嘔吐、膵炎、胃不全麻痺といった副作用も報告されており、うつ病や自殺リスクを高める可能性も指摘されています。
- 筋肉の減少:GLP-1作動薬による体重減少は、脂肪だけでなく筋肉も同量減少させます。これは、飢餓状態に似た効果であり、筋肉量の減少はサルコペニア(筋肉減少症)として死亡リスクを高める要因となるため、問題視されています。
- 医療費の負担:もしアメリカでGLP-1作動薬の適格者全員がこの薬を使用した場合、年間2.1兆ドルの医療費がかかると試算されており、これは現在の医療費を50%以上増加させることになります。
日本の現状と、私たちにできること
日本の平均寿命はアメリカよりも長く、医療システムの質も高いことで知られています。しかし、日本も超加工食品の普及や食生活の変化に直面しており、ラスティグ博士が指摘する問題は決して他人事ではありません。
- 果糖ブドウ糖液糖の歴史:実は、果糖ブドウ糖液糖(HFCS)は1966年に日本で発明されました。現在は世界中で使用されており、その代謝への影響はスクロース(砂糖)と違いがないとされています。つまり、問題は特定の種類の糖ではなく、添加された糖の総量にあるのです。
- 食品の再定義:「食品」の定義は、「生物の成長または燃焼に寄与する基質」です。ラスティグ博士は、市販されている多くの超加工食品(Nova分類クラス4)は、成長も燃焼も阻害するため、「食べ物ではなく、消費可能な毒である」とまで言い切ります。
では、私たち個人や社会全体で何ができるのでしょうか?
- 「Nova分類」に基づいた食品選び:
- Novaクラス1:未加工食品(例:採れたてのリンゴ、卵、肉、魚)– ラベルが不要な食品。
- Novaクラス2:最小限の加工食品(例:刻んだリンゴ、乾燥果物)。
- Novaクラス3:加工食品(例:ジャム、缶詰野菜、自家製パン)。
- Novaクラス4:超加工食品(例:マクドナルドのアップルパイ、市販のスナック菓子、清涼飲料水)。
- 目標は、Novaクラス4の食品からのカロリー摂取を全体の7〜10%以下に抑えることです。ラスティグ博士の共同開発したウェブツール「Perfect.co」 は、食品の代謝効果に基づき、店舗で買える健康的な食品を特定するのに役立ちます。
- 「追加された砂糖 (added sugars)」に注意:食品表示の「追加された砂糖」の量を確認し、1食あたり4グラム(ティースプーン1杯)以下を目指しましょう。食品業界は262種類もの異なる名称で砂糖を隠しているため、これが最も簡単な判別方法です。
- 食物繊維の摂取を増やす:食物繊維は腸内細菌の餌となり、リーキーガットを防ぎ、インスリン反応を穏やかにします。多様な食物繊維(水溶性・不溶性)を摂取することが重要です。
- 砂糖を断つこと:ラスティグ博士が最も重要なアドバイスとして挙げたのは、「砂糖を断つこと」です。これは、加工食品に含まれる隠れた砂糖も含め、できる限り摂取を控えることを意味します。
- 運動を取り入れる:ウォーキングなど、定期的な運動はミトコンドリアの健康を保ち、代謝機能を改善します。
- 社会的な取り組みの支援:学校給食から超加工食品を排除する「Eat Real.org」のような非営利団体の活動を支援することも重要です。子供たちの食環境を改善することは、長期的な公衆衛生の鍵となります。また、病院や公共施設から砂糖入り飲料を排除するなどの取り組みも、人々に食の選択を再考させるきっかけとなります。
このポッドキャストは、栄養学、食品科学、そして代謝の健康という3つの異なる概念を明確に区別し、私たちに新しい視点を提供してくれました。食は単なるカロリーの摂取ではなく、私たちの体と心の健康、ひいては社会全体のあり方に深く関わる問題です。
ラスティグ博士のメッセージは明確です。「知識を持ち、科学に基づいた選択をすること。」この情報が、皆さんの食生活を見直すきっかけとなり、より健康な未来を築く一助となれば幸いです。
参考文献:
- Excerpts from the transcript of the video “How Sugar & Processed Foods Impact Your Health | Dr. Robert Lustig” uploaded on the YouTube channel “Andrew Huberman”
コメント